「公開を前提にすること」の意味

Hints for Journalism Education

 「ニュースの卵」が京都の立命館大学でスタートして、早いものですでに15年が経とうとしています。アーカイブされたニュースストーリーも50本を超えました。

 このコラムでは、ゼミ生が制作するプロセスを見守ってきた経験の中から、興味深いと思われる出来事やアイディアなどを、少しずつ説明していきます。他のジャーナリズムやニュース映像制作教育に携わる方と知見を共有するためだけでなく、日本ではあいまいにしか議論されてこなかったジャーナリズムの意味や価値というものを、映像の制作を経験したことのない方にも理解していただけるヒントが隠されていると思うからです。

 初回は「ニュースストーリーを公開する」ことに、私がこだわってきた理由を説明します。

 「ニュースの卵」の映像作品は、ゼミ生がネタ探しや取材、撮影から、編集やナレーション執筆と録音、最終的な編集まで全てひとりで行う「ビデオジャーナリズム方式」で完成させてきました。この議論は、一連の作業の中の、ネタ探しや企画、取材相手に協力を依頼するための説明という、ストーリー制作の序盤の大きな仕事です。

 「公開の前提」はゼミ生がネタ探しをするときに「恥ずかしくない題材を」と思わせるためではありません。

「そのニュースにはどのような価値があるのか」という、ジャーナリズムの本質的な問題について、ゼミ生たちが考え抜き、言語化するという作業をやり遂げるという作業を通じて、ジャーナリズムを実践する厳しさや完成したときの達成感を学んで欲しいという願いからです。

企画書が最初の関門

 「ニュースの卵」では、企画書を持ち寄って企画会議をするところから始めます。そこにはタイトルや概要、取材相手やスケジュールの目論見の他に「価値」を必ず書かせるようにしています。「価値」とは、簡単に言えば「あなたはその題材を通して何を訴えたいのか」、「そのストーリーをニュースの卵のビューアーに見せる社会的な意義は何か」ということを、シンプルにわかりやすく説明せよということです。

 この部分は実際の報道の現場でも、時に疎かにされているものですが、非常に重要な思考訓練でもあります。ニュースは「世の中の役に立つもの」であると言われますが、自分が取材しようと思っている題材が「誰にどのような情報を伝えることによって」「どのような効果を生むことが期待できる」から取り上げるのかを考え抜くことで、反対に「ニュースを客観的に評価する眼」が養われます。

シンプルな言葉で説明する

2005~2013年まで行った立命館大学産業社会学部のゼミのようす

 ニュースの「価値」というと非常に難しい言い回しを想像するかも知れません。しかし、学生には自分の言葉で説明できるレベルでの表現を要求します。それは価値の説明の一部(キーワード)は必ず、タイトルや字幕、あるいはナレーションの一部として、ニュースストーリーの中に登場するからです。反対に企画書でズバッと本質を言えていないうちに取材に入っても、かならず行き詰まります。自分は何のために取材をしているのか、あるいはインタビュー相手からどんな情報を引き出したいと思って話を聞いているのかが、わからなくなってしまうからです。

 例えば、Vol.39「『お墓なし』という選択」(http://newstamago.com/?p=931)というストーリーで伝えたかったことは、「散骨という弔い方を選んだ人たちは、どんなことを考えていたのかを知りたい」ということです。Vol.31「こんなメイクでいいのかな?」(http://newstamago.com/?p=688は、学生にとって身近な就活を別の角度からながめてみると、誰がそれがいいと言ったのかわからない、ほとんど黒の個性のないスーツとか、無難なメイクのしかたに縛られていることに気付いたり、あるいは、そもそも女子大生は、お化粧はどうやって習ったり身につけたりするのがフツーなのかという疑問を探りたいという問題意識で探り当てた企画なのです。

取材相手を納得させるために

 ニュースストーリーの「価値」について議論を深めておくことは、取材相手に協力をお願いする際にとても重要になります。「公開を前提に」と取材を依頼すると、だいたい相手が難色を示すからです。どこの「馬の骨」かもわからない大学生に映像を撮られ、ネットで「さらし者」にされるのはイヤだということです。

 ゼミ生は、このような状態から、「ニュースの卵」の目指していることや歴史、実際のニュースメディア並みのルールや内容の基準で運営されていること(どのような決まりがあるのかは、追い追い説明していきます)など背景について、まず一生懸命に説明します。そのうえで、自分の企画したニュースを世の中に出すことにどのような意味(価値)があるのか、その人のインタビューなどがなぜ必要なのか、協力を説得しなければなりません。

 そのような手続きを踏むと、「○○新聞です」とか「△△テレビです」と言うだけで取材が許可されるとは、どのようなことなのかを正しく理解することができます。「報道機関」と世の中に認知されているメディアは人々に何を信用してもらっているのかがよくわかります。反対に何の実績もない学生がニュースでその人をとりあげるためには、前提として「ニュースの卵」の記者が全員、信用を守る仕組みを理解し、全員その決まりに従って行動していることを示し、その上で企画の社会的な文脈を説明するプロセスを経て、企画会議より進んだ説得力のある説明に挑んでいます。

 日本のニュースメディアはごく一部を除いて、実は明文化されたゼネラルな倫理規範や取材ルールを持っていなかったり、あるいは公開していないところが多くあります。学生たちは実際のニュースメディアの信頼の基盤が、客観的に見ると非常にもろく、危ういものであることも同時に理解するのです。


«